育て、励ましてくれた4人の田舎の母達

 梅雨明け前に、両親亡き後の不動産を処理する為に、岩手県久慈市に帰ってきました。

 帰省した目的は、幼い頃から「頑張れ!!頑張れ!!」と支えてくれた親戚3人と恩師1人(2人は90歳以上、2人は80代後半)、その中の2人は、何時旅立ってもおかしくない年齢でもあり状態でもある為、別離の前に感謝を伝えたい思いからでした。常にこの4人の温かさが私を支えて、ここ迄にしてくれたのです。

 最高齢は94歳。私が父を早くに亡くし右往左往していた幼い時、自分の息子と共に風呂に入れてくれたり、一緒に食事をさせてくれたりして、「母ちゃん!!母ちゃん!!」と今でも呼んでいます。血は繋がっていないが、父方の親戚でもあるんです。今回も別れ際に「今度何時来る?私が死んだら来なくてもいいから、生きているうちに来てね」と手を握って言われました。

 2人目は91歳で、亡き母の実家のお嫁さんなのですが、私が母子家庭で大変な上に、身体が弱く学校から早退して座敷にしょっちゅう横になっていたところを声を掛けてくれ、励ましてくれた叔母です。私をずっと見ていてくれて“努力家”と評してくれ、今回も「和子(和枝)ちゃんに負けられない!!」と元気になってくれた様で、「今度何時来る?」と手を握ってくれました。

 3人目は、亡き父の実家、本家のお嫁さんで、冠婚葬祭の折々に傍で見ていて、「耐えるんだよ!ケンカしてはならないよ!」とずっとずっとそっと声を掛けてくれては、「頑張れ!!」と励ましてくれた人です。この人も耐えて耐えて生きてきた人で、様々な事を教えてくれました。

 4人目は、私が小学校3年生の時の担任であった恩師で、90歳近いのですが、教師として優れた身体能力と頭脳の持ち主で、トーク力と説得力も抜群の方なのです。私の特技とするところを認めてくれ、誉めて元気づけてくれて、私の現在の人に対する”指導と教育の原点”を教えてくださり、40数年、保育園・学童での指導の元となっています。この先生との出会いが私の人生を決めたと言っても過言ではありません。久々にお会いして、先生の懐の大きさ、いくつになっても学ぼうとする意欲に感服しました。岩手での学童の課外活動も、この先生の「連れて来れば~?」とのお言葉から始まり、それから20年以上お世話になっておりますので、このご恩をどう返せば良いかと悩むばかりですが、頭を下げて帰ってきました。

 人生は出会いと言いますが、私の年齢になってから気付く事がたくさんあり、若い時からの積み重ねが現在であると実感します。多くの“人の宝”を持っている自分自身を幸せを感じ、逆にエネルギーを補充していただいた3日間でした。